うずまきぐ~るぐる

本の紹介や日々のことをぐるぐるかきます

極夜行:角幡唯介

極夜行:角幡唯介著のレビューです。

極夜行

極夜行

 

 

 

◆光の無い世界へ、一人と一匹。

 

 

読みはじめて最初に目に飛び込んできたのは「東京医科歯科大附属病院分娩室」という章のタイトル。え?探検の話のはずなのに分娩室?と拍子抜けしたのも束の間。壮絶な筆者の奥様の出産シーンに釘付けになる。一体この出産シーンと探検は何か関係があるのか?と疑問を持ちつつズルズルと気にしながら読んでいた。そしてこの探検をようやく終える頃、じんわりとこのふたつがひとつになるような感覚がやって来ました。

「極夜行」を読んでいる間はずっと暗くて、寒くて、孤独で、死がすぐそこにあって、どうにか早くこの場から逃げたい気持ちでいっぱいだった。暖かい部屋で読んでいるにもかかわらずこんな気持ちになるんだから、現地で本当に歩いていた角幡さん、好きで行っているとは言え、どれだけ辛く不安だったことか。

「極夜の世界に行けば、真の闇を経験し、本物の太陽を見られるのではないか」━━これは今回の探検のテーマ的なもの。グリーンランド北西部にある地球最北のイヌイット村。彼はグリーンランドとカナダの国境付近を四ヶ月かけて探検に挑みます。普通の探検と大きく違うのはまったく太陽の出ないマイナス40℃の世界を行くこと。真っ暗な中、ツンドラ湿地帯や標高差のある氷河を登高、海氷、あらゆる環境下、一匹の犬を相棒に橇で進んでいきます。

真の闇というものが及ぼす人への精神的な影響、月と太陽の性質の違い、こういった地域での犬と人間の関係性等々、当たり前のように朝に日が昇り夕方になると日が沈むというリズムの中で生活していると気づけないことばかり。

また、ブリザードなどで何度も危機的状況になる場面に手に汗握るわけだが、一番ハラハラしたのは食料の危機。最悪、旅の相棒である犬を食料にすることになるかもしれないという状況。筆者に辛く当たれたり、可愛がられたりする犬。笑いあり涙あり、唯一の話し相手である大事なパートナーの犬がどんどん痩せ細って行く様子は本当に読んでいて辛かった。

幸いこの本が出版され本屋大賞の候補になって、角幡さんが生還されているということを前提として読んでいたから、ちょっとだけ余裕が持てたけれども、犬の生存が気になり最後まで本当にどうなるかと・・・。

今回印象に残ったのは光の偉大さ。人は光がないと病気になったり精神を病むことは本当にあるそうです。光の無い世界に生きるということが、どれだけ人の精神やリズムを崩壊させるものになるのかよく解ります。

さて、冒頭で書いた出産と探検。筆者はあとがきでこのことについて触れている。筆者の言葉を読まなくてもこのふたつの類似性を読者はすでに感じているのではないだろうか。

そういえば私も深い闇を少しの間歩いたことがある。ご存知の方もいるだろうが世田谷の玉川大師だ。本堂の下に地下霊場があり、階段を降りていくとそこは漆黒の闇、本当に何も見えないのだ。参道の壁にあてた手だけをたよりに行くのだが、あんなに深い闇を歩いたことはあれっきりない。ほんの数分の出来事だったけど、再び光を見た時の安堵感と言ったらない。

本書のラストシーンも改めて太陽のありがたさと、人のぬくもりが骨身に沁みわたるものがあった。

 

 

 

 

 

エリザベスの友達:村田喜代子

エリザベスの友達:村田喜代子著のレビューです。

エリザベスの友達

エリザベスの友達

 

 

 

◆一番輝いていた時に戻っているのなら、それはそれで案外幸せなことかもしれない

 

 

認知症になった人、その家族の小説をこれまで何冊か読んでいる。その都度色々と考えさせられるわけだが、決まって「自分がなってしまったら」「家族がなってしまったら」という不安が読後にいつもつき纏う。

家族や介護をする人たちにかかる負担の大きさに戸惑い、年を取ることの残酷さをまざまざと感じさせられる。誰も悪くないし、誰も望んでいないのにどうしてどうして神様は人生のラストスパートにこんなにも辛い道を用意するのだろうと叫びたくなる。

しかし、今回はちょっと違う。
村田さんの小説を読んでみて感じたのは「認知症になることは果たして本人にとって不幸なことなのか?」ということ。

初音は老人ホームに入居している97歳の認知症高齢者。彼女にはふたりの娘がいて、初音に頻繁に会いに来ます。日がな一日、うつらうつらした状態で過ごす老人たちの姿。目の前にいる娘のこともすでに認識できない。そんな日常描写からすーっと過去の時代へと話が飛ぶ。それは我々が毎晩夢のなかに入って行くときのような心地よさがある。

初音さんの行く場所は、戦前の天津の日本。初音さんはそこで優雅な新婚生活を送っていた。ドレスを纏い、友達とお茶をしたり買い物をしたり。初音さんの人生の中で一番輝いていた時代でもあり、引き揚げという大きな波の中にいた時代でもあった。

━━人生の後半生の方が記憶に残るはずなのに時間の近いその部分がごっそり抜け落ちる。長い一本道を振り返って、近い時間から順にどんどん景色が消えていく理不尽.....。遠い記憶の方がはっきり残って見える奇妙。━━━

本書によると認知症のステージが上がると記憶している時間が退行するそうだ。
初音さんは毎日、旅をするように自分が一番輝いていた時代に出かけてゆく。それを優しく見守る娘と介護スタッフの人々。ユーモアを織り交ぜながらつづられる話からは何とも言えない温かい時間が流れている。

これまで認知症ということに怖さを感じていた。もちろん今でも怖いことには変わりがない。しかし、例えば親が認知症になり、私のことを誰だか判らなくなってしまうことがあったとしても、本書に出てきた親子関係のように過ごせたらベストだなぁと感じた。

そして認知症を患った本人が毎日どんなことを感じ生きているのか。もし初音さんのように過去の輝きの中に戻っているのなら、それはそれで案外幸せなことではないかと思うし、救われる気持ちになる。

本書は認知症が決して不幸ではないということをうっすら教えてくれている。正解はない話ではありますが、認知症を考える上で、ひとつの見方が変わるとこんな風に景色が変わるものかという新鮮な空気が自分の中に流れ込んできたような気分です。

最後にもう一つ。初音さんと同じホームに入居している牛枝さんという女性の話も出てくるのですが、わたしはこの牛枝さんの終焉の話がとても好き。泣き笑いしたくなるいい話でした。

 

 

 

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ほじくりストリートビュー (散歩の達人POCKET):能町みね子

ほじくりストリートビュー能町みね子著のレビューです。

 

◆ほじくってます、気になるあの場所。

 

 

地図を見るのが苦手な私ですが、グーグルマップ様が登場してからはほぼ迷うことがなく目的地に到着できるようになった。ほんと便利ですよね。

 

で、本来の目的以外にもたまにあちこちグーグルで旅する私。
「あの店、もうないんだ」とか、「ここら辺は変わらないな~」なんて国内に留まらず、海外にまで飛んでしまい時間を浪費することしばしば。

 

そんな地図好きの心をくすぐる本書。
能町さんならではのちょっとマニアック感ただよう場所の数々を覗く。
能町さん、相当地図見てるんだろうだろうな~と感心させられるほど興味深い場所の正体を明かしていきます。

 

「どうしてこうなったのだろう?」という不思議な空間が世の中にはたくさんある。
特に東京は狭い土地に住宅が密集していることもあり、無理くりこうなったという妙な場所があちこちに存在。

 

路地脇の壁がまさかのマンションの土台部分だったなんてちょっと想像し難い。たぶん知らなければなんの違和感もなく通り過ぎてしまうのだろうけど、その全体図を知ったら「おぉおお!!」となること間違えなし。

 

地図だけでは分からない面白発見があったのは能町さんが現地に出向いたからこその賜物。「なぜか通りに背を向けた自動販売機」なんて実際歩かなきゃ見つけられないですもの。

 

さてさてお楽しみはまだまだ続く。
そもそもこの本を知ったのは本が好き!のレビュアーさんの書評。「死んだ後に見るスタバ」という部分に興味を引かれたから。

 

二子玉にあるこのスタバ。これを見るにはどうも時間帯が重要なようですが、ここの風景は是非肉眼で見てみたいものです。

 

ということで、グーグルの「黄色い人」になりたい人は是非一度この本を!

 

 

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飲食男女(おんじきなんにょ)―おいしい女たち :久世光彦 

飲食男女(おんじきなんにょ)―おいしい女たち :久世光彦著のレビュ―です。

飲食男女(おんじきなんにょ)―おいしい女たち (文春文庫)
 

 

 

◆食と男女関係。そこにはなにか深い繋がりがありそうです

 

 

飲食男女。なんて色っぽい言葉なんでしょう。その昔、焼き肉を一緒に食べている男女は「そういう関係」って言われた時代があったっけ。昭和な私はいまだ焼肉をつつき合う男女を見るとこの言葉がよぎるから笑ってしまう。

 

久世さんが言う「食べることは色っぽい」ということは何となく理解できる。
食べ合わせは男女の相性に似ているし、昔は嫌いだった食べ物が大人になって美味しくなったなんてことも、男女の関係に当てはめることができるではないか。食と男女関係、そこには深い繋がりがありそうである。

 

ここでは「飲食男女」を「おんじきなんにょ」と読む。筆者は「いんしょくだんじょ」だと素気ないので宇津保物語や短歌の世界などで使われている趣深い読み方に変換した。

 

湯豆腐、苺ジャム、蕎麦、桃、とろろ芋、お汁粉、煮凝、ビスケット・・・・等々、春夏秋冬、それぞれの季節に登場する食べ物と過去に関係があった女性たち。色気漂う描写とひと昔前の風景が何とも言えない雰囲気を作り出している。

 

筆者が通ったアパートの「二階の女」。
彼がこだわったという二階の窓とは一体どういうことか。
二階の窓から女に見送られたいというのは、男性のひそかな願望なのだろうか。筆者は女が胸の前で小さく手を振っている数秒のためにこの窓に執着する。

 

二階の窓には桜子という女性がかつて住んでいた。彼女と桜餅から浮かび上がる思い出話はとても切なく、いつまでも尾を引くような話であった。

 

「櫻」という字は二階<貝>の女が気<木>にかかる。

 

筆者が母親から難しい漢字の憶え方で教わったもの。懐かしい町を歩きながらこんなことを思い出している筆者と二階の女の一連の話はいつの間にか繋がっていたような不思議なものとなった。

 

久世光彦さんのお名前は向田邦子さん関連やテレビ番組などでよく目にしていましたが、実際ご本人がどういう方だったのかはほとんど知りませんでした。本を読む限りでは相当のモテ男だったのではないかと。特に年上の女性とのあれこれが本当に多い(笑)

 

さてさて、あなたのとって色っぽい食べ物ってなんでしょう?
私は「焼肉」以外のものを模索中です。

 

新年のご挨拶2019

あけましておめでとうございます

 

いつもブログを読んでくださっている皆様にとって

笑顔あふれる一年になりますよう心よりお祈りいたします。

 

さて、今年はどんな楽しい本に出会えるでしょうか?

昔から愛されている小説はもちろん、力のある若い作家さんの小説を発掘しつつ

昨年若干少なかった児童書もしっかり読みたいなぁ~と思っています。

 

それでは、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

                          平成31年元旦 kurara

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