読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

うずまきぐ~るぐる

本の紹介や日々のことをぐるぐるかきます

家のロマンス:加藤幸子

家のロマンス:加藤幸子著のレビューです。

家のロマンス

家のロマンス

 

 

1部、2部と語り部が変わる「家と家族」の小説

 

184ページなのにその倍は読んだ気がするような…
読み終わるとなにかズッシリこの家族の歴史が
自分に乗り移った感じがします。

2部構成のこの話。第一部は祖母のミヤ。
第2部は孫娘のヨシノが語り部になる。

冒頭部からちょっと衝撃的です。
このミヤはすでに危篤状態。孫娘のヨシノが自分に
会いに来るのを待っている間、自分たち家族の歩んできた
長い長い道のりを語り始める。
もちろん、この話は家族には聞こえない。
なにせミヤは死に向かっている途中なのだから。

何がそうグイグイ読ませたのか、イマイチつかめないのだが、
ミヤ=家そのものという部分がどこまでも付いて回った。

明治生まれのミヤの住んでいた「家」は北原白秋
住んでいたという500坪もある広大な屋敷。
7人の子どもを産んだミヤ。その間戦争が起きたり、子供たちが成長し
新たな家庭を築いたりし再び家族がこの屋敷に住まうなど、
戦後の話だけあって変化に富んだ生活であるにもかかわらず、
ミヤは何があっても生き甲斐の書物をひたすら読みふけり、
飄々とした生活を送っている。

そんなミヤが今際の際で孫娘に託した言葉とは…。

さて、ミヤの死後、語り手は孫娘へ移る。
遺産相続の問題で一番の問題は、この広大な屋敷をどうするかに
絞られる。存続を守り通そうと躍起になる者。そうでない者。
この家を巡っての悩みは尽きない。そして、「家の行方」をずっと
見つめている目。
そう、あの世へ行っても常にこの家に執着するミヤ。
この人が孫娘のもとへふと姿を現すあたりが怖い。

 

家は家族の姿そのものなんだなぁ・・・

 

「家」に対する愛着や思い入れって人それぞれ。
出来れば身軽でいたいけど、愛着や執着をもつほどの
家なんてないと一言で言ってしまえちゃうのも、
それはそれでちょっと哀しいかな。

家は家族の姿そのもの。
家族の人生を全て包み込み、思い出も染み込んで行く。
だから、「家」を建てなおしたり、更地にする切なさは
私にもなんとなく解る。

後半は家族のその後について語られているが、
どんよりしたムードはそのまま。
ある一家の歴史を覗き見したようなそんな読後感。

大震災にも空襲にも毎年の台風にも耐えた
「家」の抵抗はすさまじく(中省略)
断末摩の「家」があげた悲鳴を私たちは忘れることはないだろう。

家が壊される模様を孫娘はこう語っている。
とても印象的でこの文章がズキュンと心に残った。