明日死ぬかもしれない自分、そしてあなたたち:山田詠美著のレビューです。
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感想:失う恐怖がズドンと響く1冊だった
家族の死からなかなか立ち直れない「ひとつの家族」を扱った小説です。
誰かの死によって、ずっと心が定まらない状態で毎日を過ごす。自分が生きていることが実感できないような生活を考えるとかなりそれは辛い状態ですよね。でも、その悲しみは当人にしか解らないものだから、他人には「いまだあの人は立ち直れないのか?」と簡単に思われたり、言葉にされがちです。
この話を読んで「人の死」をどう受け止め、どう立ち直って行くのか、その速度は人それぞれで一筋縄でいかないもどかしさを嫌というほど感じさせられました。
内容はお互いが再婚という夫婦。この夫婦には前妻、前夫の間に子供が居て、さらに
この新しい夫婦の間にも子供が生まれまるという家族。複雑な家族をひとつにまとめていたのが妻の長男・澄生。この子は家族にだけではなく、学校でも愛される存在でしたが、ある日突然、雷に打たれて亡くなってしまいます。
家族の悲しみは言うまでもないのですが、特に溺愛していた母親の悲しみは深く、やがて、アルコール中毒へと発展していきます。
その転落ぶりが酷く、そんな母親の扱いに手こずる家族。ある者は、今までの母からの愛情不足をこの時とばかりに補おうと終始母親に寄り添う。またある者は距離を置く。
そんな複雑な心境を、個々の立場から赤裸々に各章で語られて行く。ずっとこの長男の死を背負い続けている家族。いつまで続くのか、なかなか先の見えないこの家族にもどかしさを感じるが、これぞ他人にはなかなか見えない解り得ない「身近な人の死」というものなのだと感じる。
新聞で読む人の死、ニュースで聞く人の死。普段サラッと聞き流しているような出来事も、その裏で「大切な人の死」の苦しみにもがいている人々が居る。失ったものの大きさは、決して他人には理解できない。そんな当たり前のことを考えてしまうのがこの小説でした。
失ったらどうしようという永遠の不安を描き続ける
私はデビュー作からずっと山田詠美さんの作品を追って来ているのですが、今回目にしたこの言葉。
「誰かと恋人同士になるたびに、私、どうしようって胸が締め付けられそうになるの。それは、その人といられる幸せの思いと、失ったらどうしようと怖くなる気持ちのせめぎ合いなの(以下省略)
懐かしいです。山田さんの初期の甘い恋愛小説には、相手を思うがゆえの苦しみや恐怖が無数に散りばめられたものが多いのですが、この言葉こそ「元祖エイミー節」だと
私は思っています。
今回は恋愛小説ではないけど、大事な人を失う恐怖という点においては共通するものがあり、小説のパターンは様々に変貌を遂げても、根底に流れているものに一貫したテーマがあり、変わっていないと感じられる文章に出会う感動は格別。嬉しくなりました。
…なんて、懐かしい文章も振り返りながら読みました。文章自体は分かりやすくスルスル読めてしまいますが、決して軽い内容ではありません。
人は必ずいつか再生できるもの。時間はかかっても…ということを教えてくれる1冊。
まさに震災後、大事な人を失った家族の方たちへのメッセージでもあるような気がします。とはいえ、やはり大事な人の死は考えたくないし恐怖心が残った。