双頭の船 :池澤夏樹著のレビューです。
傷ついた人々を包み込み、徐々に大きくなる不思議な船は今どこへ…
【後半ネタバレにご注意くださいませ】
冒頭の「ベアマン」という話から、まさか震災復興の話に変わっていくとはまったく予想が出来なかった作品です。
本書『双頭の船』は、2011年3月以来、十数回にわたって被災地に足を運ばれたという池澤さんの震災後初めての小説だそうです。
小さなフェリー「しまなみ8」は、独自のボランティア活動をする船で、津波に襲われた被災地を点々と訪れます。
船に運ばれてくる大量の放置自転車を黙々と整備して、津波に襲われた被災地に届ける作業。そして200人も集まったボランティアの人々。彼らが生活するための食事や廃材を使ってのお風呂。こういった話からボランティアの重要性や、ものごとの決断と柔軟性。小さいことの積み重ねににより、ひとつの形になっていく様子。震災復興に大事なことは何なのか、徐々に読者に伝わってきます。
やがてこの船は500戸の住宅を建設し、食物を作り、新しい家族が誕生しながら、どんどん変貌し、ひとつの大きな街が出来て来ます。
この船には様々なユニークな人物が登場します。
ちょっと不思議な人々や、死者が出て来る感じが池澤さんの持ち味なのでしょう。
北海道から岩手県までワゴン車で熊を運んだ奇妙な男と女や、犬や猫たちを引き連れてきた獣医。開錠の「金庫ピアニスト」や、伴侶や子供を失った家族。夏祭りの日にやって来て、演奏するミュージシャン等々。
これらの人の中には、物質的な支援だけでなく亡くなった人、亡くなった動物たちの無念な気持ちを聞いてあげ、次の世界へ連れて行くと言うお弔いをする役目を果たす者もいます。
物語のおわりは人々が陸地に戻るか、世界を旅するという2つのパターンに分かれます。どちらの選択をしても、そこには新しい世界が待っているという仕上がり。
特に、あるアニメ主題歌が登場するのですがそれがまた力強く、楽しい気分にさせてくれ、なんだか泣き笑いしたくなります。池澤さんのセンスに脱帽です!
震災復興の話をこう言った発想で物語にする試みはお見事。
復興という現実的なテーマを扱ったものですが、文学特有の不思議なムードも忘れずに盛り込まれているので、厳しいシーンもフィルターがかかった感じがして、現実と物語の狭間に居るような時間でした。これは小説家ならでは、小説家にしかできな表現方法なんだと痛感しました。
ひとりひとりの力がどれだけ大事か、必要なところに必要な支援、柔軟な対応、個々の自立、死者への鎮魂、そして生きる者たちの役目、未来…。
この船はそんなものを乗せ、大きく包み込んでくれる不思議な船でした。