邂逅の森:熊谷達也著のレビューです。
山に始まり、山で終わる。読み応えありの長編骨太作品!
マタギの話を読みたくて借りた本でしたが、いやーなんというか、マタギ以外の世界をも見せてもらった感じで、非常に充実した読書になりました。
そもそも、こういう暗雲立ち込めた一人の男の人生を追った長編小説に圧倒されることが結構すきだったと言うことをあらためて実感。そんな私の好奇心を満たしてくれた「邂逅の森」。
秋田県阿仁の貧しい小作農に生まれた富治を追う小説は、マタギの話に留まらず、複雑に絡み合う人間模様を交えながら長い長い旅に出ているかのように話は綴られる。
マタギであった富治は、地主の娘と熱烈な恋に落ち、逢瀬を繰り返すが、やがて娘の父親にバレてしまい、村を追われてしまう。
マタギをやむなく辞めさせられ、炭鉱で働くも、ひょんなことがきっかけで、またマタギの世界へと戻ることになるのだが・・・。
マタギの世界、炭鉱の世界、異なる世界の仕事上での掟や上下関係などが事細かに描かれていて、なるほど~と、知らない世界のことをひとつずつ覗きながら知れる喜びがあった。
鉄砲ひとつ持って出かけ、熊を射止めるなんて単純なものではなく、山に入るにはそれなりの掟なんかがきちんとあって・・・等々、山や自然と向き合うということの重みがひしひしと感じられるシーンが続く。
炭鉱での話は特殊な上下関係があり、個性的な登場人物たちから目が離せない。また、雪崩により長屋が流されるなど自然の残酷さも描かれる。
さて、本書は富治の仕事の話ばかりではなく男女の話もとても自然な形で話の中に組み込まれている。お色気シーンもいわばモザイクがけなし、直球でやってくる。
富治の生涯に関わる女性は地主の娘とのちに結婚した妻。妻と普通に暮らしていた富治の元に届いた一通の手紙からこの三人の関係が一気に動き出す。このあたりの展開はなかなか緊張感があり、胸に迫るものもが・・・。特に妻の言動に心を揺さぶられました。
山に始まり、山で終わる。
富治の人生のまんなかには常に山があった。
そして・・・・山の神の答えが知りたくて山に入った富治の最終場面は物凄い迫力であった。最後の最後に来て痺れる展開なのです。
書きたいことはたくさんあったはずなんだけれども、どこをとっても読みどころと言える。それゆえ、口惜しいほどレビューが書き辛い。
すぐれた文学は、読み手に、
自分のそれとは全く
ちがう人生を体験させてくれる
解説の田辺聖子さんがおっしゃっている言葉をお借りした。そう、まさに本書は私とは全くちがう人生を体験させてくれた文学であったのだ。