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台所のおと :幸田文

台所のおと :幸田文著のレビューです。

台所のおと (講談社文庫)

台所のおと (講談社文庫)

 

 

◆台所のおとに魅せられて

 

 

この小説のタイトル、好きです。

これが、「キッチン」になると全く温度が感じられないのですが、
「台所」ってなると包丁の音や、鍋から上がる蒸気のシュッシュと忙しく
音を立てている様子等が一気に想像できてしまうという…
あったかい世界が広がります。

 

小さな料理屋をやっているひと組の夫婦の話。
佐吉は体調を崩し、病床から障子一枚を隔てた場所にある台所で、

妻のあきが仕事をする音を聞きながら日々を過ごしています。

 

そんな「台所」からの音で、妻の調子を察してアドバイスをしたり、
料理の手際や上達度に感心したりと、しっかり観察しているのです。

 

「今日は機嫌がいい」とか「あ、ご機嫌ななめだから、そっとしておこう」

など、ともに生活していたり、仕事をしていると、ちょっとした事柄から

察することは誰にも経験があること。だから、なんとなくこの風景に

共感が持てるんです。

 

「みな角を消した面取りみたいな、柔らかい音だ」

 

妻の放つ音からこんな感想を漏らす佐吉。
自分が出す音を、こんな風に表現されたらきっと嬉しいだろうなぁ…。

 

慎ましい動きをしているからこそ、こんな言葉が自然に

出て来るのでしょうね。


日ごろ、ドタバタしている自分。

こんな文学的な音を放つ女性になりたいと真似してみるも、

面取りされず尖った音ばかりが耳に残る…。

 

佐吉は自分の病気がもう治らないことを自覚している。
そんな夫を気遣い妻も台所の音をはなやかにしなくては…と

思うのである。こんなささやかな愛情表現もいいですね~。

 

本書は10の短編が収められています。

全体的には病気や老いを扱ったものが多い。
その中でも表題の「台所のおと」は秀逸で、何度も読み直して

みたくなる作品です。

 

佐吉と一緒に自分も五感を研ぎ澄まし、台所のおとを聞いている世界に
いつの間にか惹きこまれていました。

 

幸田さんにかかると、平凡な日常風景にパッと「彩」が

加わった世界に変わる。
その瞬間に出会いたくて読みたくなる作家さんの一人です。

 

台所のおとに耳を傾けてみませんか?
日ごろ気付かない何かが聞こえてくるかもしれませんよ。