この国の空:高井有一著のレビューです。
特別な状況下にあった不倫の恋は・・・・
母と娘の里子、そして叔母。
3人が暮らす東京杉並界隈を舞台に、
戦中の庶民の生活をつぶさに描いた小説。
前半は空襲で家を焼かれ家族を失った母の妹が、
二人を頼りにこの家にやってくる。
この叔母の精神状態を考えて、疎開させるなど、
叔母の話を中心に話が進む。
里子の隣人・市毛は38歳の銀行員。妻子は疎開中で、単身で暮らす。
ご近所付き合いということで、防空壕を借りたり、里子は市毛の
家のことを世話したりするうちに、いつしかお互いが意識し合う
関係になってゆく。
こちらのほうはスローペースな展開とでも言おうか。
かなり後半になってから進展する。
叔母との暮らし、市毛との恋愛、そして里子が勤める
町会事務所での出来事等々、刻々と変わりゆく状況を丁寧に描く。
戦争を描いた内容ではあるけれど、里子の生活界隈は
大きな被害を受けたりはしていない。
しかしながら、いつかは大空襲があって、このあたりは
焼野原になってしまうのではないか、好きな人もいつかは
徴兵されてしまうのではないか等々、精神的に切迫した
緊張感が常に付きまとう。
また、後半になるほど里子と市毛のシーンは増えてゆくのだが、
二人の距離が縮まるほど、私的にはどんどん憂鬱になるというか・・・。
というのも、市毛の魅力がいま一歩解らないというのもある。
里子はこの男のどこにときめいたのだろう?
この時期じゃなかったら、恋することもなかったのじゃないかと。
市毛だけではなく、登場人物たちの人物像が
私の中でなかなか育っていかなかったという感覚が残る。
いつまでたっても「のっぺらぼうな人々」なのである。
母も叔母も里子も、「こんな人だろうな~」という、
イメージ像が全く浮かばない。
これはあまりない経験で、自分でもよく解らない現象でした。
とても丁寧に人間関係も描かれているにもかかわらず、
自分自身の焦点が定まらぬまま、字をただ追う感じで
スルっと読んでしまった。
本書はどこを中心に読み込むかによっても、
だいぶ印象が違うのではないかと思う。
わたしのように恋愛メインで飛びついてしまうと、
ちょっと肩すかしかも。
一方、特別な状況下にあった庶民たちの姿を中心に読んでゆくと、
とても貴重なフィルムを見ているようなものを感じる。
不倫の話よりもむしろこちらの方がより奥深い。
さて・・・・
間もなく、終戦を迎えることとなるだろう。
市毛の妻子が疎開先から戻って来る日は近い。
里子にとって新たなスタートがはじまるとよいな・・・と、
思わずにはいられない。
ということで、これは映画の方が案外いいのかも?と、
珍しい結論に至ったのであります。