黄泉醜女:花房観音著のレビューです。
ドロッとした感情が行間から滲み出る
情報がないまま読み始め、一章の話で、醜い女たちの話だと思っていたら、次の章で「あ!あの女だ!」と、彼女の顔が思い浮かんで来た。その名は「木嶋佳苗」。あの「首都圏連続不審死事件」で世を騒がせた女だ。
一審、二審で死刑判決を受けているにもかかわらず、獄中で結婚までしていたという。本書では木嶋らしき女を「春海さくら」という名前で登場させる。
官能作家・桜川詩子が、フリーランスのライター・木戸アミから、この事件のノンフィクションを書かないかという依頼を受け、さくらと関わった女性たちに会って周辺取材を試みる。
人材派遣経営者、パートタイマー、家事手伝い、母親等々、取材を重ねるごとに次々と明るみになるさくらの人物像。そのたびにこの女の得体の知れない不気味さが増してゆく。
さくらに興味を持ったのは圧倒的に女性が多い。
その根底には「ブスでデブのくせに、なんであなたが?」という感情を抱かせるから。
さくらを通して女性たちの嫉妬やコンプレックスなどがまるで溜まっていた膿を排出するかのように次々と登場し、うんざりするほど見せつけられる。
また、「官能作家」である詩子はひょっとしたら花房観音さん、ご自身のことなのかな?と思わせるほど、いろんなことが妙にリアルです。特に「女性官能作家」である立ち位置と、そう呼ばれることに対しての苦悩がよく描かれている。
一方、アミは美人であるにも関わらず、恋愛も上手くいかず、仕事の行方も不安でいっぱいなのだ。
人は、見下したい生き物だ。なぜなら安心したいからだ。
人を羨望するよりも同情する方が気持ちがいい。
こんなドロッとした感情が行間から滲み出て来る。
一緒に仕事をしている彼女たちの仲でさえ。
複雑な心境が細々と記され、胸苦しい感想しか出て来ないのだけれども、なかなか目が離せない内容であったのも確かです。
「多分、容姿のことからは一生逃れられないんだろうな。」
という観音さんの言葉。
たしかに、この事件、容姿の醜い男性だったらどうだったか?
こんなにもたくさんの関連本が出版されるほど大騒動になったのだろうか?
「黄泉醜女」とは、日本神話に登場する女の鬼のこと。
妻のイザナミが「決して見るな」と言ったにもかかわらず、夫はその約束を破り、醜い妻の姿を見て驚いて逃げてしまう・・・という話。
遠い昔の話がこの女と絡み合う。
それにしてもさくらという女は不気味以外のなにものでもない。
羨ましい要素なんて何もないのに、人を引き付ける。
自分はモテるという圧倒的な自信がそうさせるのか?
この小説を読んで、久しぶりにあの事件を振り返ってみたくなった。