幸せのプチ:朱川湊人著のレビューです。
あの愛おしい日々が鮮明によみがえって来る
朱川さんの作品は久しぶりです。
初期の作品から読んでいますが、本作はわりと朱川さんの原点の世界が色濃く出た作品ではないかと感じました。
昭和のノスタルジー、日常のなかのちょっとした不思議。エピソードの中のじんわりくる温かさ。「花まんま」を読んで楽しかった感覚が蘇ったかのような楽しい作品でありました。
まだまだ野良犬が町中にいた時代。
怖い思いをした子供もたくさんいた。
親の目を盗んで蒲団に潜り込んで深夜ラジを聞いたり、「口裂け女」のような、ちょっとした噂に翻弄させられたり。町にはいろんな大人たちが居て、叱られたり、親切にされたりと、今よりうんと人との距離が近かった時代の話であります。
「琥珀」は都電が走る典型的な下町。
昔ながらの喫茶店や銭湯、揚げたてのコロッケが食べられるお肉屋さん。
複雑に入り組んだ迷路のような小道。
そんな琥珀を舞台に、商売をする人々や元気な子供たちの日常を6つの話で綴る。どの話も独立した内容ではありますが、同じ町ということもあり、あの人もこの人も微妙に繋がっている気配を感じさせられる構成が楽しい。
そして、表題になっている「プチ」。プチはこの町で可愛がられている白い野良犬なのです。この犬が賑やかな人々の中にひょっこり現れたり消えたりとちょっとした不思議空間を作ってくれる存在です。なんでも「妖精」とかいう噂も!?
人々の話は友情、恋愛、昔の恋、別れ、琥珀の住民等々のちょっとビターな話も多いが、悲しいだけでは終わらず、ちゃんとそれぞれの着地点、居場所が用意されているような安心感がある。
最終話はあの頃の琥珀の住民であった夫婦の数十年後を描いたもの。
この話の流れの演出は、うん、とてもよかった。
「太陽にほえろ」とか「ピンクレディ」とかに夢中になっていた世代の人々には、あの愛おしい日々が鮮明によみがえって来る内容だと思います。時に笑ってしまうほど懐かしい風景や単語に出合い、「あーあった!あった!」と眠っていた記憶が起き上がる。
これだからノスタルジーな小説は止められない!
癖がないのでオール世代読める作品でありますが、やっぱりこの風景を見て来た世代の人がなによりも楽しめる内容だと思います。ですが逆に知らない世代の人の感想もちょっと聞いてみたいですな。