飢餓浄土:石井光太著のレビューです。
感想・あらすじ 都市伝説と一括りできない何か
石井光太氏のノンフィクションは覚悟がいる内容のものが多く、今回も自分なりにちょっとした気合いを入れて本を開いた。とは言え、今回はちょっと様子が違う。
どの話も例により、色々な人々のところへ出向き丁寧に取材されているのですが、「そのこと」についての本当のところがはっきりと解明されるような類の話ではないということが一番の違いのように思える。
本書は大まかに言ってしまうと「都市伝説」という言葉になるのかもしれないが、それにしては、あまりにもリアルな証拠や証言が飛び出してくる。
もちろんその真相を知りたくなるのが人の常なわけだが、色々なことを知るにつけ、「いや、もうこれ以上の追究はしないほうがいい」という気持ちになる。
そんな引き際みたいなものを著者自身も感じているようで、絶妙なところで話が終わる。それゆえに、はっきり判るというより、ぼんやりしたままの話が多いので白黒はっきりさせたい方には少々もどかしいかもしれません。
・[第一章]残留日本兵の亡霊
敗残兵の森/幽霊船/死ぬことのない兵士たち/神隠し
・[第二章]性臭が放つ幻
せんずり幻想/ボルネオ島の嬰児/あさき夢みし/胎児の寺
・[第三章]棄てられし者の嘆き
奇形児の谷/横恋慕/魔女の里/けがれ/物乞い万華鏡
・[第四章]戦地に立ちこめる空言
戦場のお守り/餌/歌う魚
これらは長い年月を経てもなおも人々の間で言い伝えられているうわさ等で、その話は取材をすればするほど不思議なものであったり、身震いするものであったりと片時もページから目が離せない話ばかり。
特に50代の母とその娘が一緒に娼婦をしている話が私的には印象的でした。この話も真相は闇の中でなんとも不可解なもの。
著者は実際この親子と対面しているのですが、その娘はお腹が大きく妊娠中。・・とくれば、当然娘は女性のはずだが、町の人々に取材をすると「あの親子はオカマ、お腹が大きいのは病気」だと言い張る。つまり男性なのだと。
しかし、その後娘は出産したようで、赤ちゃんを抱いている姿を著者は目撃する。しかも生まれたばかりのはずなのに、赤ん坊はすでに1歳くらいの大きさだ。もちろん娘のお腹はぺしゃんこになっていた。
著者は本当に娘が生んだのか失礼承知で娘の身体を見せて欲しいと母親に頼む。しかし、母親に憤慨され追い出されてしまったのだ。
再度町の人にこのことを話してみたけど、「男だ」と言うことには変わりなく、「これ以上関わらないほうがいい」と言われ、著者は町を去る。
「狐につままれた」というのはまさにこのこと。実際自分の目で見た著者にとっては「??」以外の言葉は浮かばなかったことでしょう。
貧困や戦争が生み出した得体の知れないものは、時にグロテスクであり、時に幻のようなものであったりと、様々な形で私たちを困惑させる。
また、その国の習慣を知らなかったばかりに・・・という取り返しつかない失敗など、著者の体験を通して教えられることもあった。
石井さんの短編は初読みでしたが、短編なだけに短時間で強いインパクトを残すものばかりでした。ん~石井 光太さんのノンフィクションは骨太で胸に迫るものがある。
またまた今回も打ちのめされて読了です。
文庫本