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【レビュー】淡墨(うすずみ)の桜:宇野千代

 

 

淡墨(うすずみ)の桜:宇野千代著のレビューです。

淡墨(うすずみ)の桜

淡墨(うすずみ)の桜

 

 

宇野千代と桜が放つ魔力ある作品

 

宇野千代さんの小説はどんなだろう。恋愛色の強いものを書く方だろう勝手に思っていたのですが、ある方の書評からどうもそうでもないらしいと感じ読んでみることに。

 

早速混乱したのは、「これは実話なのか?」「いや、小説だよね」という曖昧さ。それもこれも主人公の着物デザイナーの女性が千代さんと被るからだ。おまけに著名人の実名が結構出てくるのでよりリアルに感じてしまう。

 

話の中心は表題の「桜」。樹齢1200年のこの老樹が、岐阜の田舎でそろそろ終わりを迎えるとの情報を耳にした着物デザイナー吉野。彼女は居ても立ってもいられず、その桜を見に行き、老樹の蘇生を決意する。

 

吉野はこの桜と出合ったことにより、高級料亭の女将と幼い時の不運から女将の養女となった美貌の芳乃とも知り合いになる。

 

この養女は家庭の事情で人質同然女将の養女となったため生活には自由がなく、女将の目から逃れることが出来ない。そんな彼女と恋愛関係にある杉本。

 

主人公の吉野はこれらの人々を常に視界に入れながら、桜の蘇生に奔放する。

 

 

本書の中で終始不気味な存在感を放つ女将の老婆。70億ともいわれる資産を持つ彼女は、不動産やら金融やらの事業を展開するというかなりのやり手である。おまけに彼女が口にする言葉は意味深長で、人の心をざわつかせるものがある。

 

桜の行方と同時進行でこのアクが強い老婆の動向が気になる。まるで桜は老婆、老婆は桜、かのように老婆と桜は徐々に一体化していくような感覚。ふたつの根っこが地中で
複雑に絡み合って行くような気分になる。

 

結末がこれまたの展開を見せるのです。ちょっとやるせない幕引きで、「おおーそっちか!」と唸ってしまった。この時代に結構ある大どんでん返し的な展開を久々に味わいました。

 

ボリュームはさほどないのですが、なにか吸い取られるような魔力を持った作品だったように思えます。

 

また、ご本人が下敷きになったと思われる吉野一枝からは、宇野さんのお人柄が窺える。思ったことはすぐ行動に移すなど着物のふんわりしたデザインからは想像がつかないほど活発な方だったのだなぁと。

 

文章はさらりと流れるようなのに、気を抜くと足元を取られるような。ちょっと最近の作家にはない不思議な緊張感を運んでくる空気があった。

 

さて、我慢に我慢を重ねて読後までお預けにしていた「淡墨の桜」の写真。自分が蘇生させたわけではないのに、これまでの苦労の過程を振り返り、万感の思いでその枝ぶりを眺めた。

 

不思議です。
もう宇野さんはもちろん、小説のなかの人々はこの世にいないのに桜だけが残っているということが唯一の現実であると言うことが。そして桜の生命力の強さには言葉もないです。