母のあしおと:神田茜著のレビューです。
人はその時、その立場によって様々な顔を持って生きている
どんなに平凡だと思っていても、人ひとりの人生にはいくつもの節があり、決して平たんではない長い時間が流れていたんだな・・・なんて当たり前のことを、この小説の道子さんを通してしみじみと感じました。
とても不思議な空間であった小説だと思う。
平成26年、すでに道子さんはこの世にはいない。残された道子さんの夫とご近所さんの日常を描いた風景からはじまる。
夫の生活には道子さんの気配を感じるシーンが沢山潜んいる。誰かとの会話では「うちのやつは、(こうしてた、ああしてた)....」と、ついつい言ってしまう夫。私たちはそこから道子さんという一人の女性の輪郭を思い浮かべるのです。
平成26年から昭和28年まで、道子さんのこれまで辿って来た人生の7つの節を逆再生していく。最終的には道子さんの幼少期にまで戻って行く。
娘の顔、妻の顔、姑の顔、母親の顔、その時、その立場によって同じ道子さんでも色々な顔がある。そしてその時期に関わって来た人々が感じる道子さんの印象も違う。夫、息子、嫁、道子の母親等々、様々な人々からの視点で「道子」という一人の女性の人生を辿る内容は、まさに「母のあしおと」そのものなのです。
最終章はいよいよ母親と道子さんの話。
みっちゃんは亡くなって、きっとお母さんの元へ帰って行ったんだろうな・・・という勝手な解釈と、何とも言えない安らぎを感じるものがありました。
時代を遡って行く感じや、誰かの視点で一人の女性の人生を辿るという二つの面白さ、その時その時に残るちょっとした温かい話が心地よい。個人的には途中から幼い日のみっちゃんに早く会いたくてページをめくっていました。
読み終わるとこのタイトルの意味がストンストンと心の中に落ちていった。